●阿闍世王(あじゃせおう)
未生怨(みしょうおん)と訳す。釈尊在世から滅後にかけての中インド摩竭陀国(まかだこく)の王。父は頻婆沙羅王(びんびさらおう)、母は韋提希夫人(いだいけふじん)という。未生怨と名づけられた理由は、『大般涅槃経』などによると、母の韋提希夫人が身ごもった時、相師に占わせたところ「男子が生れるが、やがてその子は父王の怨となるであろう」と予言した。やがて生れた男子は、いまだ生れないときから怨みをもっているというので、かく名づけられた。王はその子を恐れ、夫人とはかり高い建物の上から投げ捨てたが、ただ指を折っただけで助かった。そこで別名を婆羅留支(ばらるし)または折指太子ともいう。太子のとき、父王の帰依する釈尊とその教団に対抗する提婆達多にそそのかされて逆心を起し、父王を殺し、母を幽閉して自ら王位につき、釈尊をも迫害した。後、父を殺した罪に悩み、耆婆のすすめによって釈尊に帰依した。法華経の会座にも列し、釈尊は阿闍世王のために涅槃に入らず、月愛三昧にはいって『涅槃経』を説いて悪瘡を癒すことができた。釈尊の入滅を悲しみ大宝塔を建て、釈尊の残した教えの第一回結集を資援するなど、仏法の外護に努めた。
耆婆(ぎば)
古代インドの名医。釈迦の弟子の一人。多くの仏弟子の病気を治し、父王を殺した阿闍世王(あじゃせおう)を信仰に入らせた。
月愛三昧(がつあいざんまい)
月光のように全ての衆生に愛される三昧のこと。『涅槃経』説かれるように、衆生の善心を開き、涅槃の道を修する者の心に歓喜を呼び起こし、煩悩の熱を除く慈悲の三昧のことで、人に愛される月光の光に譬えられる。
涅槃(ねはん)
煩悩を断じて絶対的な静寂に達した状態。仏教における理想の境地。
参考資料
『日蓮宗事典』
『日蓮聖人遺文辞典 教学篇』
他
