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●伝教大師(てんぎょうだいし)

最澄(さいちょう)767年~822年。785年東大寺戒壇院で小乗戒をうけたが、寂滅の道を求めて比叡山に登り、草庵を結んで独り勉学。華厳宗法蔵の著書を通じて智顗を知り、鑑真将来の天台大師智顗著作を写得して研究し、桓武天皇の外護を得て、同20年奈良十大徳を高雄山寺に招いて法華十講を修し、同23年入唐。九ヶ月在唐して円戒密禅の四宗を伝来。同25年止観(円)遮那(密)両業設置の誓願を認可し、天台宗の開宗を勅許した桓武天皇は翌月崩御。空海の帰朝もあって、逆境を迎えた最澄は既成の三戒壇の視察、空海に師事などして自宗を整備したが、弘仁7年(817)『依馮天台集』を発表して天台宗が所宗に冠絶する理由を示し、翌年には法相宗の徳一と仏性論争、翌々年には奈良僧剛との大乗戒別立論争を展開している。寿57。


寂滅(じゃくめつ)
煩悩をすべて打ち消し、真理の智慧を完成させた状態。究極の悟りの境地。涅槃。

冠絶(かんぜつ)
比較するものがないほど優れていること。

僧綱
僧尼の統括、諸大寺の管理・運営に当たる僧の役職。


参考資料
『日蓮辞典』
『日蓮宗事典』
『大辞林』
 他

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