●稲荷神(いなりじん)
稲荷神は本来農業神であったのが、人間の交流といった要因によって商工業、漁業の守護神にもなっている。『古事記』では宇迦之御魂神として、『日本書紀』には倉稲魂命と書かれ、いずれも「ウガノミタマ」とよんでいる。同質の神としては格式の高い豊受大神がある。白柳秀湖博士の『日本上古史研究』によると、日本先住民族の中に「豊族」と称する一族が先祖神豊受大神を有し、後来の天孫族と親密な関係にあり、その居住地域は主として近畿、中部にあり、農耕に長じていたことは豊葦原瑞穂国と呼ばれた程で『古事記』『日本書紀』等に「豊」の字を冠した人名、地名の多いことによっても豊族の存在が知られる。稲荷神はこの豊族によって信仰されたものと考えられる。豊族が居住したと思われる地域にこの信仰が濃いからである。稲荷神と狐との関係は、狐を種族の絞章(トーテム)とした日本先住農耕民族の信仰による。その御神体は「火」をもって表現されていたと思われる。ずっと後世になるが、その祭日を「午の日」と定めたことも、陽の極が天にあっては「太陽」であり、地においては当然「火」である。陰陽師が「午」を陽の極としている故、陽の日即ち「午の日」を稲荷神の祭日にしたことも、あながち無稽なことではない。またこのことは「イナリ」の語源からも考えられることで、一般に「イナリ」は「イネナリ」であるとされているが、御神体の「火」を基にするならば、「火ナリ」が「イナリ」に転化したともいえるのである。また狐についても、動物学では補乳綱の食肉目イヌ科、種類は三五、北半球の北部(マレー、インド、メキシコにも分布)で農業に害を与える野鼠等を好んで食する肉食動物という。これによっても、古くから農耕種族と狐とは縁が深かったわけである。
参考資料
『日蓮宗事典』
他